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岡山地方裁判所 昭和44年(ワ)438号 判決

原告

光田信男

代理人

両部尊明

被告

光田洋平

代理人

小倉金吾

主文

被告は原告に対し金一五〇万円を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

この判決は原告において金五〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告

主文第一、二項同旨の判決ならびに仮執行の宣言

二、被告

「原告の請求を棄却する。」との判決

第二、当事者の主張

一、原告の請求原因

(一)  原告と被告とは兄弟で、昭和三九年一一月八日死亡した父訴外亡光田熊次郎(以下単に亡熊次郎という。)の遺産を相続分各二分の一の割合で共同相続したものである。

(二)  亡熊次郎の遺産のうち不動産としては別紙第一、二目録記載の各不動産(以下本件不動産ともいう。)があつたが、これらに対しては、被告が、何らそのような売買契約を締結したこともないのに、当時老衰の床にあつた亡熊次郎の印鑑を盗用してそれぞれ同人から被告に対する昭和三九年五月九日付および同年六月二二日付各売買契約書その他の登記関係書類を偽造し、これらの書類によりそれぞれ岡山地方法務局昭和三九年五月二三日受付第一二、六〇五号、同法務局同年六月二九日受付第一六、〇九七号をもつて右各虚偽の売買を原因とする所有権取得登記(以下本件登記という。)を経由していた。

(三)(1)  そこで原告は弁護士である訴外貝原甫一を代理人として昭和三九年一二月一五日まず被告を相手方に岡山家庭裁判所に本件不動産に関する遺産分割の調停申立をしたが、被告は本件不動産は亡熊次郎から買受けたものである旨主張してその分割に応じず、右調停は不調に終つたので、原告はやむなく前記貝原甫一に訴訟委任のうえ昭和四〇年一二月二四日被告に対する本件登記の抹消登記手続請求の訴を岡山地方裁判所に提起した。

ところが、被告は、右訴訟においても、前同様の主張をして原告の請求を争い、その審理の結果昭和四一年九月一九日右請求認容の第一審判決がなされたが、これに対して控訴し、控訴審においては、原告が前記請求を共同相続による共有持分二分の一の各持分権移転登記手続請求に交換的に変更したため、これに応じて右請求認容の控訴審判決がなされたが、これに対してなおも不服を唱えて上告し、昭和四四年五月三〇日右上告棄却の判決によりようやく右訴訟(以下前件訴訟ともいう。)の解決をみた。

(2)  しかして原告は昭和四四年六月一九日前記貝原甫一に対し右訴訟の第一審着手金として金五〇万円、同謝金として金五〇万円、第二審謝金として金五〇万円合計金一五〇万円を昭和四四年一二月三一日限り支払う旨約束した。

(四)ところで(三)の(1)に記載した被告の行為は(二)の行為と関連していわゆる不当抗争として原告に対する不法行為を構成するものであるから、被告は右不法行為により原告に生じた前記弁護士費用負担の損害を賠償する義務がある。

よつて、原告は被告に対し右損害金一五〇万円の支払を求める。

二、被告の答弁

請求原因(一)の事実は認める。同(二)の事実中本件不動産がもと亡熊次郎の所有であつたこと、被告が本件不動産につき本件登記を経由していたことは認めるが、その余の事実は否認する。本件不動産は、本件登記原因記載のとおり、被告が亡熊次郎から売買により取得したものであり、かつ、本件登記も同人の意思に基づいてなされたものである。同(三)の(1)の事実は認める。同(三)の(2)の事実は否認する。同(四)の主張は争う。

第三、証拠関係〈略〉

理由

一、請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

二、同(二)の事実中本件不動産がもと亡熊次郎の所有であつたこと、被告が本件不動産につき本件登記を経由していたことは当事者間に争いがない。

そこで、本件登記の登記原因の有無およびその登記手続の点について考えてみる。

(一)  被告主張の登記原因については、前件および本件各訴訟における被告本人の供述(成立に争いない甲第八号証の三二、同号証の四二、四三、被告本人尋問の結果)以外にこれを認めるに足りる証拠はないところ、被告本人の供述は次に述べるようにその真実性には多大の疑問がある。

(1)  被告本人はその主張の登記原因に関し「昭和三八年末ごろ別居中の父と偶然会つた際、父から今度岡山市門田に家を建てて住みたいがその資金をつくるため土地建物を売ろうと思つている旨話があつたので、売るのなら自分に売つて欲しい旨話しておいたところ、父は昭和三九年二月被告方に帰つて来て同居し、同年五月ごろ父から被告に本件不動産を売るという話があり、代金は別紙第一目録記載の分については金三五万円、同第二目記録載の分については金一〇万円と決つたので、そのころ右代金を支払つた。登記手続は農地である同第二目録記載の分については知事の許可を受ける必要があつたから、原告主張のように二回に分けてした。」旨供述し、右売買の動機についてはほかに格別の事情を挙げていない。

しかしながら、〈証拠〉によれば、亡熊次郎は、被告と同居を始めた昭和三九年二月末ごろからは、八二才という高令のため自宅の庭先に出る程度でほとんど外出せず、老衰のため次第に弱つて同年一一月八日死亡したのであり、被告に本件不動産を売る話をしたという同年五月ごろには、相当に体も弱り身のまわりの世話を被告に依頼しなければならない状態になつていたものと認められるから、同人がそのころ被告との別居を伴う新居の建築を計画していたとはとうてい考えられないばかりでなく、もし亡熊次郎が被告本人供述のように新居の建築資金を調達する必要から売買を決意したとすれば、前掲各証拠により認められる亡熊次郎と被告との異常なまでに冷い親子関係からして、亡熊次郎が被告に対し自己所有の全財産ともいうべき本件不動産(相続税だけでも金一五〇万円にのぼるものと認められる。)を金四五万円という過少な価額で売渡したとはとうてい考えられないので、被告本人の前記供述はその真実性が疑わしい。

(2)  〈証拠〉によれば、亡熊次郎は昭和三五年一二月二〇日ごろ訴外難波金之助に対し本件不動産のうち岡山市網浜字桑畑三六七番宅地七一坪九合六勺を代金八万八、五〇〇円で売渡し、そのころ右代金全額を受領し、右売買による所有権移転登記手続のため、同訴外人に対し印鑑証明書と委任状を交付していたこと、亡熊次郎は平素から金銭の受払など万事に厳格な性格であつたことが認められ、亡熊次郎の右性格からすれば同人が右のとおり売却ずみであつた右土地を被告に二重売りしたものとはとうてい考えられないので、これと矛盾する被告本人の前記供述はその真実性が疑わしい。

(二)  〈証拠〉によれば、本件登記手続は、最初被告自ら申請しようとしたが、書類の不備で返戻され、素人では手に負えないとして被告から司法書士である訴外大高光雄に委任し、同訴外人によりこれがなされたこと、同訴外人は登記義務者たる亡熊次郎に一度も面会したことはなく、登記原因証書は同訴外人の事務所で被告が作成した原稿により同訴外人が代書して作成したものであること、また亡熊次郎名義の登記済証の持参がなかつたため、本件登記手続は訴外大城幹、同有安賢二作成名義の保証書によりなされたが、右保証人らは被告の依頼により登記の内容も知らないまま被告に印鑑を預けたものであることが認められる。

しかして右事実によれば、被告が亡熊次郎の印鑑を持出して登記に必要な書類を作成したものと認めるほかないのに、被告はこの点に関し、前件訴訟の第一審において「登記書類の父名義の署名押印は誰がしたか知らない。司法書士が父のところに来て頼まれたのではないかと思う。」旨供述し、(前顕甲第八号証の三二)、次いで同第二審においては「自分が父から委任されて司法書士方へ行つたように思うが、登記書類作成の点についてははつきり覚えていない。」旨供述を変え(前顕甲第八号証の四三)、さらに本件訴訟においては、再び前件訴訟の第一審における前記供述と同旨の供述をなすに至つたほか、前記保証人依頼の点に関し「保証人は父が依頼したものと思う。自分は知らない。」旨前認定の事実に反する供述をなした(被告本人尋問の結果)。

右のように自分が亡熊次郎の印鑑を持出して本件登記手続を進めた事実をことさら隠蔽し、亡熊次郎自身が直接訴外大高光雄に本件登記手続を委任したと受取れるような供述をしようとする被告の態度には、本件登記手続が亡熊次郎の意思に基かないものであることを疑わせるものがある。

(三)  〈証拠〉によれば、昭和三九年七月一日ごろ、亡熊次郎が永年本件不動産の管理を依頼していた訴外松尾作一に対し、突然亡熊次郎差出名義の内容証明郵便を以て「本件不動産を被告に売渡し、その移転登記手続を完了したから右委任を取消す。」旨の通知がなされたことおよび右通知書は被告が前記大高光雄に依頼して作成したものであることが認められる。

ところが被告はこの点に関し前記訴訟の第一審において「右通知書は父が司法書士に依頼して作成して貰つたものと思う。自分は知らない。」旨供述したが(前顕甲第八号証の三二)、このことは、(二)で述べたのと同様の意味において、右通知が亡熊次郎の意思に基づかないものであることを疑わせる。

(四)  〈証拠〉によれば、被告は前件訴訟において裁判所からその主張の売買契約の成立を証する売買契約証書、代金領収証その他の物的証拠の提出を促されたのに、何らこれを提出しようとはしなかつたことが認められ、このことは本件訴訟においても、同様であるが、被告の右態度には、その主張の売買契約が存在しないことを疑わせるものがある。

以上の事実によれば、被告と亡熊次郎との間に被告主張のような売買契約が締結されたことはなく、本件登記は被告が亡熊次郎の印鑑を無断で持出し、その意思に基かないでなしたものであると推認される。

三、請求原因(三)の(1)の事実は当事者間に争いがなく、同(三)の(2)の事実は〈証拠〉によりこれを認めうる(右認定を左右するに足りる証拠はない。)。

四、ところで前項において確定した請求原因(三)の(1)記載の被告の行為は、第二項認定の事実との関連においてこれを観察すれば、原告の請求が正当なものであることを認識しながらあえてこれを争つたものというほかはなく、いわゆる不当抗争として原告に対する不法行為を構成するものというべきところ、原告が負担した前記弁護士費用額は、〈証拠〉によれば訴訟物の価額の約一割に当ることが認められ、前示のとおり被告が原告の請求を徹底的に争い、原告勝訴の判決確定に至るまでに約三年六ケ月の期間を要したことなど前件訴訟の性質、難易度その他諸般の事情を斟酌すれば、相当な範囲の金額であると認められるので、右金額は被告の右不法行為により生じた損害額として被告をしてその賠償をなさしめるのが相当である。

してみれば、被告に対し右損害金一五〇万円の支払を求める原告の請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(松尾政行)

別紙第一、第二目録省略

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